パンデミックによるロックダウンから一ヶ月以上が経ち、社会的距離や在宅勤務という「new normal」(新しい当たり前)が少しずつ定着してきました。その一方で子ども達の様子は、慣れないリモート学習に運動不足、友達と会えない寂しさ、将来の不安などでストレスが溜まっているのを感じます。親の方も、子どもが家にいるので息抜きできない、仕事に集中できない、家事は増えたが夫は手伝ってくれないなどでイライラがつのり、多くの家庭から「もう我慢の限界!」、「気が狂いそう」などの悲鳴が聞こえています。
子どものメンタルへの影響
4月16日に発表された国連の新報告書によると、新型コロナウイルスは世界中の子どもの生活を大きく変え、将来の子どもの成長における影響を測るのは今の段階では困難とされています。世界190カ国で約15億人、アメリカでも約5500万人の生徒が学校に行けない状態であり、この未曾有の事態に不安や恐れを感じないほうがおかしいといえます。コロナ疲れとも言われる反応としては、幼児や子どもでは、ちょっとしたことで愚図りがちになり、泣いたりかんしゃくを起こす、夜の寝つきが悪くなる、おねしょや怖い夢を見る、親にまとわりついて離れない、指しゃぶりなどの赤ちゃん返りが挙げられます。軽い咳や体の痛みでウイルスに感染したのではと過敏に反応したり、不安から手洗いを何度も繰り返す子もいます。
ティーンに多いのは、生活リズムの乱れです。活動量が大幅に減るため睡眠時間が狂い、朝方まで寝られずに日中はぼーっとしているティーンも少なくありません。ほかにも、食欲の増加や減退、頭痛や腹痛、集中力や記憶力の低下、学習意欲の減退、疲れやすいなどのほか、気分が落ち込んだり、家族ともあまり会話をしなくなる、不安からイライラして暴言を吐いたり物に当たったりするなどが挙げられます。こうした変化は、程度の差はあれ誰にでもあるものなので、大きく心配する必要はありません。ただ、もともと不安が強かったり繊細な子の場合は、親が注意深く様子を見て落ち着いて対応することが必要になります。とくに一ヶ月以上にわたりこれらの症状が続いている場合、不安障害やパニック障害、うつ病などに発展する可能性もあるので、専門機関に相談することをお勧めします。希死念慮や自傷行為、身体的暴力もしくは強迫行為などで本人や家族の安全が脅かされている場合は、警察に電話するか近所の救急処置室に連れて行くなど緊急に対応してください。
親はどういう対応をとればいいの?
まずは、子どもの動向に関心を持ち、ほんの少しの変化でも気づいてあげることが大切です。小さいお子さんの場合はスキンシップや一緒にいる時間を増やして、たくさん愛情と安心感を与えてあげましょう。ティーンの場合は、この機会に散歩や映画鑑賞など一緒にできる活動を増やして子どもとの信頼関係を強め、孤立感や疎外感を減らしてあげましょう。勉強の目標や新しいことに挑戦する計画を立てるのもいいですね。我が家では毎日新しいことをすると目標を立て、夕食時に「今日はどんな新しいことにチャレンジした?」、「どんなことを学んだ?」と聞くようにしています。また、朝から子どもと一緒に瞑想をするようになりました。キャンドルの火をじっと1分間見るだけ。それだけで気分が落ち着き集中力もアップします。子どもに掃除や洗濯、料理の仕方を少しずつ教えてライフスキルを高めるのもいいでしょう。
ストレスフルな時期ですが、堂々と子どもと一緒にいられる今だからこそ、ポスト・コロナ時代に向けたメンタル・タフネスを子どもに培わせる絶好のチャンスでもあります。不確定な時代を生き抜くためには、変化に柔軟に対応してストレスに耐えうる「レジリエンス」(強靭性)を育むことが大切です。レジリエンスとは、辛い経験にあっても試練を乗り越えることのできる忍耐力、強靭な精神性として大きく注目されています。レジリエンスの高い人にはある共通の特徴があります。それは、厳しい状況に置かれてもポジティブな解釈をすることのできる楽観思考、そして冷静に状況を判断して行動する自己コントロール力です。
楽観思考は、心身の健康にとってきわめて重要です。水の半分入ったコップを「まだ半分も残っている」と思うか「もう半分しかない」と思うかの認知の違いにより、考え方や気持ちも変わってきます。今回のパンデミックも、先行きの不透明さや経済的な苦しさにフォーカスすると不安や恐れを感じますが、これまでの生活がいかに恵まれたものだったかと考えると感謝の気持ちが沸いてきます。ネガティブな気分でいると、炎症性バイオマーカーのレベルが高まり免疫機能もダウンして病気になりやすく、その逆に楽しい気分でいると免疫機能もアップして病気になりにくいと言われています。手洗いやマスクなど具体的な感染予防はもちろんですが、楽観思考でポジティブな状態でいることも大事な感染対策になりますね。
毎日の生活に追われて感謝の気持ちを感じる余裕なんてないと思う人も多いでしょう。そんな時は、まずはネガティブな気持ちを否定せずに認めるだけで大丈夫。「そうだね、不安になるよね」、「イライラするよね」など気持ちを受け止めるだけでだいぶん楽になります。そのあと、好きなことやリラックスするためにできることをリストアップしてみてください。意外とたくさんあることに気づくはずです。こうして自分でできることを増やしていくことで、自己コントロール力も高まります。人間の脳には、相手の気持ちや行動を自分も同じように感じるミラーニューロンという細胞があります。この脳細胞により、子どもは親がイライラしていると敏感に察知して不安になり、愚図ったり反抗的になったり、分離不安が出てきます。親の不安やイライラが減るだけで、不思議と子どもも落ち着いてくるので、まずは自分のストレスを減らすことから始めてみてください。お風呂でゆっくり時間を過ごしたり、ヨガ、瞑想、アロマ、音楽や映画鑑賞などセルフケアの時間を増やすのもいいですね。
自分の思考パターンは自分では気づきにくいもの。知らず知らずのうちに親の無意識の考えや気持ちが子どもに受け継がれていき、その結果は十年後に出るとも言われています。自分が我慢強くてストレスを溜めやすいタイプだったら、我慢から忍耐へと解釈を変えてみてください。我慢と忍耐は同じような意味で使われていますが、実は大きな違いがあります。我慢は、望ましくない状況に対して「なぜ自分が」と否定的に考えてストレスを溜め込んでしまいますが、忍耐は同じ状況に対して「自分のためになる」と信じて能動的に動くので、それほどストレスは溜まりません。「自分は本当に何をしたいの?」と問いかけるだけで、考え方が受け身から能動的に変わってきます。子どもにも同じように「本当にしたいことは何?」と問い続けることで、自分のやりたいことが明確な人間に育っていきます。しつけと同じで、こうした問いかけも数回ではなく何十回、何百回と繰り返すことが大切。ロックダウンのこの期間、楽観思考と自己コントロール力をつける絶好のチャンスと捉えて、親子ともにレジリエンスを高めていけたらいいですね。
長野 弘子
心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)。ニューヨークと東京で出版事業に携わった後、東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。ノースウエスト大学院・カウンセリング心理学卒業後、米大手メンタルヘルス機関で心理カウンセラーとして勤務。うつ病や不安障害、PTSD、ADHD、自閉症等を抱える多くの子どもやティーンエイジャーに対してセラピーを行っている。メールアドレス:hiroko@lifefulcounseling.com