日本の介護事情③

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

日本の介護事情をご紹介するシリーズの最後は、「介護保険の利用方法」と、それに密接に関係している「ケアマネジメント」についてお伝えします。

全ては要介護認定とケアマネ選びから始まる

介護保険制度の導入後は、従来の『老人福祉法』に基づいた行政主導による高齢者施策と比べて、介護サービス量は一段と拡充され、サービスへのアクセスも容易になりました。今ではサービスの選択も、契約によるサービスの開始/停止や、事業所の変更なども全て利用者側が自由にできるようになりました。各種サービスを利用するには、まず始めに自治体に申請して個別の面談調査を受けます。自治体は同時にその人の「かかりつけ医(主治医、施設専属医)」にも、その人を「介護するのにかかる手間」に関する情報提供を依頼します。コンピューターによる一次判定や、厚生労働省が定めた審査手順によって行われる認定審査会を経て、「要介護/要支援認定(7段階)」を受けると、それぞれの介護度によって給付される上限額が決まります。その範囲内で必要なサービスを効率良く受けるために全利用者にケアプランが必要となります。

要介護認定を受けた在宅利用者の場合には、まずは担当してもらうケアマネジャー(介護支援専門員)を探します。ケアマネジャーは市町村などから派遣されると誤解している人が多いのですが、介護保険の他のサービス同様に、利用者側が自ら探して契約し、その担当者名を自治体に届け出ます。なぜなら、在宅ケアマネはケアプランを作るだけでなく、自治体が各サービス事業所に支払う給付金に直結する給付管理業務も行うので、自治体としては誰がどの利用者を担当しているのか、正確に把握する必要が有るからです。また施設入居を希望している場合には、利用者側で入りたい施設を探し、直接その施設に入居の相談をします。施設にも専任ケアマネジャーが必ず配置されていて、やはりそれぞれの利用者にケアプランが作成されます。さらに、申請者が経済的理由から要介護認定やケアマネジメントを受けられないなど、不公平等なことが無いように、認定審査に必要な「主治医意見書の作成料」と、「ケアマネジメント料」は全て保険でまかなわれる、つまり他の介護サービス(1割自己負担)と異なり、窓口での自己負担が無いようになっています。

利用者からの苦情に対する取り組み

介護保制法では、サービス等についての苦情を処理する仕組みが制度的に位置付けられています。各種サービス事業者が利用者と契約する際には、必ず口頭だけで無く文章も併せた説明をして、利用者側が全てのサービス内容を把握した上で、契約しなければならないとされています。そのため、各サービス事業所では契約時には十分な時間をかけて、「入居一時金、月額利用料、人員基準、職種、設備内容、提供するサービス内容、利用規約、契約期間」などについて、口頭と文書による説明を行っています。そして、利用者側の「署名と捺印(拇印では無い)」を以て契約を交わします。もし、契約書類に不備があったり、説明が不十分なままサービスを提供してトラブルが起きると、事業所側にペナルティーが課せられる仕組みになっています。また、サービスに対する苦情、意見の申し立てや相談などは、契約先の事業所の担当者、ケアマネジャー、自治体の介護保険課窓口、地域包括支援センター(各中学区に設置)などが相談窓口になっており、さらに都道府県にも苦情対応専門委員会(介護保険審査会)が設けられています。この様に、できるだけ利用者側にとって風通しの良い運営体制になっています。

作成したケアプランに対する責任

ケアプランの原案が出来上がった時点で、ケアマネジャーは利用者の自宅でご本人と家族も交え、そして契約している全ての事業者を集めて、「サービス担当者会議」を開きます(施設入居者では施設内会議)。会議に欠席した事業者にはケアマネジャーが会議録を送り、その内容を事業者が確認したことを記録する、「照会」も規定業務になっています。こうして全員が同意して作成されたケアプランは利用者に交付され、契約先の全事業者にも送られます。心身の変化への対応、要介護認定の更新、新たなサービスを導入するなどの場合にも、必ず自宅でご本人を囲んで会議を開催します。また各事業所側も、それぞれケアプランの内容に則した計画書を作り、それに従ったサービスが展開されています。

もう一つ、ケアマネジャーの重要な仕事は月ごとのケアプランの評価と保険給付の管理です。「給付管理」を簡単に言うと、お店の商品に価格が付いているのと同じように、介護サービス事業所が行うサービスの一つ一つ、例えば「入浴介助」や「体調にあわせた食事の提供」「個別リハビリ」などには、それぞれ値段に代わる点数が付けられていて、ケアマネジャーは利用者ごとに毎月、各事業所が提供したサービス種目を確認し、その点数の内訳や合計点などを記載した明細票(給付管理票)を作るのです。それを都道府県に設置された国保連(保険の支払いを担当する団体)に提出します。国保連はサービス事業者からの請求書とケアマネが提出した明細票を照合させ、両方が一致している場合に、はじめて各事業者に給付金が支払われるという仕組みになっています。つまり、ケアマネの仕事は、ケアプランを作成するだけなく、その計画どおりにサービスが実行されているかどうかの責任も持つことになります。このため在宅ケアマネは、必ず「モニタリング」のために毎月利用者宅を訪問し、心身に変化がないか、各事業所のサービスが正しく行われているかなどを確認し、ケアプランの目標に対する評価/記録を行います(施設でもモニタリングを行う)。こうして何度も利用者宅に足を運ぶことで、利用者や家族とは強い信頼関係を築くことができ、もし苦情や相談、要望があれば拾い上げて事業所や行政に伝えたり、必要な専門機関の介入へと繋げます。

ケアマネジメントは利用者中心で人の輪を作る

介護保険制度では財政面でも運営面でもケアマネジメントが「要」であると言われています。ケアマネジャーの仕事内容は ①要介護認定に関連する業務、②ケアプラン作成に関する業務、③在宅サービスの保険給付管理、④介護に関する法律や制度の相談/情報提供 ⑤苦情への対応、⑥市町村、施設、在宅サービス、保険外サービス等の関係者と利用者間の連絡・調整など、多岐に渡ります。ケアマネジャーの資格を取るには、まず日本の保健/医療/福祉分野の国家資格(医師、看護師、理学療法士、社会福祉士など)で対人実務を5年以上経験後、年1回実施の全国共通試験の合格者(2011年度合格率15.3%)に対して、各都道府県が実施する3ヶ月間の実務研修を受講すると、コース終了後に職場となる都道府県に登録となります。ケアマネの職場は民間と公的機関の両方があります。民間の場合は居宅ケアマネジャー事業所(居宅介護支援事業所)や、高齢者介護施設などです。また、公的機関の職場には自治体が運営する地域包括支援センター(各中学区に1つずつ設置)や、在宅介護支援センターなどがあります。

ケアマネジャーと利用者との付き合いは長く、その生活の明暗を分けるのも担当者次第と言われています。そのため日本のネット上では、「良いケアマネ選び」に関する数多くの情報が交わされています。良いケアマネジメントとは利用者の意向に親身に寄り添い、心身だけでなく、家族関係や介護家族の経済的事情、介護環境なども含めて情報収集し、ニーズを正確に把握した上で、保険内サービスのコーディネイトはもとより、他にも社会資源全体に支援の輪を繋げて行きます。この中には自治体の横出し(保険外)サービスや、民間企業のサービス、NPO(ボランティア)の支援プログラムなど色々な社会サービスに関するもの、介護/医療費の自己負担軽減や税金控除、後見人(ガーディアン)など、利用者にとって有益と思われるあらゆるサービスや制度について幅広く情報提供し、必要に応じて専門機関へと引き継ぎます。在宅の利用者が新たに施設入所する場合や、入院中の人が在宅復帰する場合、あるいは自宅での看取りを希望する場合には、施設と在宅のケアマネ同士、病院スタッフ、主治医、そしてサービス事業所や家族など、関わる人々があらかじめ緊密に連携し合い、互いに十分な情報を得て受け入れ体制を整えることで、利用者が帰宅/入所した直後からスムーズに生活できるように援助します。また、介護疲労で心神が閉鎖的になりがちな在宅介護家族が自分たちだけで介護を抱え込んでしまわぬよう、社会や人間関係のある方向に支援の手を繋げるなど、ケアマネジャーは介護現場の最前線で利用者や家族を支える役割を担っているのです。

結びに….

これまで3回に渡り、私が現場で見聞きしてきた「日本の介護の今」を、アメリカの皆様にご紹介して参りました。最後に、多くの人々から頻繁に聞かれる「いざという時のために何を準備して、どんなことを家族で話し合っておいたら良いですか?」という質問に、「ニッポン人が大好きなランキング形式」で、私のお勧めダントツ第1位以下、6位までを一気にご紹介します!
「(1)ご本人様の意向、(2)住民票を置く場所、(3)介護費用、(4)家族の役割分担、(5)近所で評判の良いケアマネ情報(6)介護や看取りに親身な主治医」です。ぜひ、お役立て下さい。

著者:上岡芳葉