(※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)
インターネットで日本の介護サイトを検索すると、数多くの介護体験談に出会います。終わりの見えない長期介護に心身を消耗し、親類同士が互いの感情をぶつけ合って残念な結末を迎えたケース、逆に困難を通して絆を深め合う家族、さらに、老いや介護に対する人々の意識が少しずつ変わって来た様子などを知ることができます。たとえ近所の親族同士でも、上手に介護に関わり合うのは難しいことです。国外在住者では、さらにビザ手続きや滞在期間の問題、円高、時差など様々な事情が重なるため、なおさらハードルは高くなります。「帰りたくても帰れず、親やきょうだいに申し訳ない」と負い目を感じたり、「仕事を辞めて家族も米国に残し、親の介護をしに1人で日本に帰ろうか」、「日本の親を呼び寄せて、自分で看ようか」など、深刻な思いを抱えていらっしゃる方も少なくありません。
誰にでもいつかは老いや死がやって来ます。どこにいても、「親には自分なりに精一杯尽くした」と納得できれば、その後の人生に悔いを残さずにすむのではないかと思うのです。日本の親御さんの老後や介護のことを考えたり、家族で話し合うきっかけとしていただけたらと願いつつ、今回はここ10年ほどの間に変化して来た、日本の高齢者介護の現状をお伝えしたいと思います。
介護保険制度設立背景と制度の特徴
日本では健康、年金、雇用、労災に次ぎ、2000年から介護にも社会保険制度が導入されました。その理由は大きく4つあり、1つは日本では世界で例を見ないほどに急速に高齢化が進んだからです。2つ目は女性の社会進出、少子化、核家族化に拍車がかかり、従来の主介護者だった「嫁」や「子ども」が減って、「老老介護」の老夫婦のみ世帯や、介護者不在の独居高齢者世帯が急増するなど、家族の有り様が変わったからです。第3には、以前は公的介護と言えば、老人福祉法による行政措置で主に施設サービスが施されていましたが、利用者側に選択権が無いうえ手続きも複雑で、また「日本の老人ホームは古くて汚い」と悪評高くても、税金による予算でのぎりぎり運営のため、改善できませんでした。その結果、「施設よりはまし」と、病院が長期療養高齢者の受け皿になりました。未だに「日本の病院は長期入院できる」と思われるのもこの影響です。しかし、これが4つ目ですが、医療費増大による財政難や、病院が高齢者で占められて医療が必要な人が入院できないなど、新たな問題が起こりました。それで「介護と医療を分け、窓口を一本化する」、「利用者からは使った分を、全体からも保険料を集めて予算を増やす」、さらに規制緩和でサービス側を増やし、「競争による質の向上」と、それを「利用者が選択できる」ようにするため、社会保険制度が採用されました。
日本の介護保険はドイツの制度を、英国のケアマネジメント式を、そして、米国のアセスメントを参考にしたそうです。新たに制定された介護保険法では、国や都道府県は法や条例、各種基準を制定し、ケアマネジャーの資格管理、事業計画や財政面などで自治体を援助します。そして実際の保険者としての運営は各市町村区が行うため、「どこに住むか」で保険料や使える介護サービスは違ってきます。但し、保険料は自治体内でも一律では無く、個人の収入や医療保険の種類、さらに、3年毎の計画見直しなどにより変わります。昨年の日本全体でのおおよその平均月額は4160円でした(2011年2月厚生労働省)。利用者は利用分の1割を払い、残り9割の半分は加入者からの保険料、もう半分は税金でまかないます。加入方法は、40歳の誕生日前日から特別な手続き無く、自動加入となります。保険証は65歳の誕生日頃に届きます(40-64歳は、要介護者と希望者に交付)。日本国民の場合は自治体に住民登録し、国民健康保険か職場の健康保険に入っていれば、40歳になると医療費と一緒に介護保険料も自動徴収開始となり、65歳からは年金からの徴収に切り替わります。日本国籍の無い人も「外国人登録」して、1年以上の滞在予定があり、手続きをすれば加入できます。
新制度導入後10年で変わって来た介護現場
新制度導入後10年、介護現場は全体としては少しずつ変化しています。まず、当初は「他人の世話にはならない」、「冷蔵庫の中や風呂場を他人に見せるのは恥」と言っていた親世代の意識が変わりました。近頃は「子の人生や仕事、家庭に迷惑をかけたくない」、「老後は好きにさせて」と、子との同居を拒む人が増え、「自分は舅や姑に尽くしたが、子には同じ苦労はさせたくない。老後は施設に入る」、「料理も掃除もヘルパーさんは自分好みにしてくれる。嫁や子より気楽に頼める」、「デイサービスは広い風呂、美味しい食事、ミニ旅行、カラオケもある。友達との時間が何より楽しみ。」と、年々、保険利用者も増えています。また、介護側の子世代も「遠距離介護者」が増えたり、「頑張り過ぎて共倒れするより、上手に介護サービスを取り入れよう」と、それぞれの事情でやはり社会資源の利用が増えています。しかし介護する側、現場職員は相変わらず3K業務(きつい、汚い、給料安い)による人手不足が続き、1年以内の離職率も2-3割を維持しています。就職難の昨今では、安定を求める元フリーターや、早期自主退職者の男性に介護職を希望する人が増え、中でも笑顔が爽やかな若い男性ヘルパーさんは、女性利用者に大人気です。しかし、仕事にやりがいを感じつつも、「妻子を養うために食べられる仕事を」と、結婚を機に転職する「寿退社」の傾向が強まっています。どこの事業所も、職員の確保が最大の課題です。また、介護家族や認知症介護者に対しては、社会法人による「支える会」が全国にあるものの、米国のような公的支援策は未だ整っていません。
一方で、サービス事業者の顔ぶれは様変わりました。「介護業界は成長マーケット」とする見方が強まり、異業種からも企業が次々に参入して来たからです。それぞれ本業で培った営業力や得意分野で独自色を出し、提供するサービスは介護保険内外、多岐に渡ります。例えば建設業者は、戸数を増やし安価な家賃で食事や声かけが付く高齢者専用アパート、コンビニ業者は365日年中無休のデイサービス、眼鏡業や歯科医は訪問出張サービス、タクシー会社とスーパーの提携で安否確認を兼ねた買い物代行、さらに居酒屋チェーンは自社生産の無農薬野菜の食事を出す施設などです。こうした厳しい利用者争奪戦のあおりを受け、従来の老人ホームや病院の療養施設も、建物を改築し、一流ホテルや旅館から講師を迎えて食事やサービスのあり方を学び、オムツ外しや個浴など個別ケアを試み、最新設備で専門性の高い個別リハビリ、栄養士による男性高齢者向け料理教室、地域での介護教室開催など、様々な企画や工夫で「介護の老舗」の看板を維持する努力を始めています。
予防給付や専門職同士のネットワークによる支援の試み
また日本では現在、国の後押しによる「要介護状態の予防」と、「各種専門職間の連携」による高齢者支援が進められています。特に退院後の在宅復帰直後や、在宅での看取り希望者では、医療と介護の各専門職が互いに連携し合い、一体的なサービス提供に努めています。さらに、2007年度からは軽い支援が必要な人(要支援者)には回復を図るための「予防給付」が、また、お元気な人(一般高齢者)と少し虚弱な人(自治体の定期検診や要介護認定非該当者で特定)には、それぞれ自治体による介護予防施策(地域支援事業)が実施されています。この中では各自治体が専門職から成るプログラム作成委員会を設け、国が推進する3大テーマ「口腔機能向上」「運動器機能向上」「栄養指導」などの実施プログラムを作成し、公民館やデイサービスなどで高齢者を指導しています。さらに、各自治体では独自の保険外支援、例えば老人会による独居世帯への定期訪問、配食サービスでの安否確認、タクシー券やおむつ券配布、緊急通報装置の貸し出しなどを行っています。役所の介護保険課や地域包括支援センター(役所内、コミュニティーセンター、公民館、特別養護老人ホームなどに併設)に行けば、介護予防事業や保険外施策の情報は入手できます。日本に行かれた際には是非、親御さんと一緒に地元にどんなシニア向けサービス、どんな高齢者施策が有るのか探索してみて下さい。きっとそれぞれに、「安心」に繋がる新たな発見があるのではないかと思います。何よりも、現代日本の介護の手始めは「まずは、地元を知る」ことに尽きます。
著者:上岡芳葉