(※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)
「認知症の夫の介護をしています。最近症状が悪化し、家の中を徘徊したり、失禁したりするようになりました。私が入浴や着替えを手伝うのも拒むようになり、暴言を吐くこともあります。以前はとっても優しい人だったのに、と思い出しては涙が出る毎日です。睡眠不足と疲労が重なり、もう心身ともに限界です」
高齢化社会が進む中、家族や友人を介護する人の数は増え続けています。ある統計によると、アメリカ国内で65歳以上の人を無償で介護する人は約700万人以上にも及び、また在宅介護を必要としている人の約78㌫は家族や友人のみを頼りにしているといわれています。この数字からも、家族や友人による介護がもたらす役割がとても重要なものであることが伺われます。
介護のご経験が在る方はお分かりいただけると思いますが、身内や親しい人の世話をするということは決して易しい事ではありません。近年日本でも、介護者による殺人や心中といった惨事がマスコミで取り上げられるにつれ、介護者ストレスや介護者の心のケアにも少しずつ社会の注目が集まるようになりました。
このコラムでは、特に身近な人の介護をしている方が過度の疲労状態(バーンアウト)にならずに介護を続けられるためのアイディアをご紹介したいと思います。
ひとりですべてを背負い込まない
「がんばらない介護」という言葉をお聞きになったことはありますか。これは日本のある介護支援グループが推奨しているコンセプトです。中には「手抜き介護をするということなのか」、「頭ではわかっていても実行するのは難しい」、「誰も手伝ってくれないから私が頑張らないとだめ」などと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、「がんばらない介護」というのは、休息も取らずに知らぬ間に頑張りすぎてしまう介護者をサポートする考え方です。
頑張りすぎてしまう介護者の多くは、介護の責任をすべてひとりで背負い込んでしまう傾向にあるようです。ひとりで頑張りすぎてしまうのには「他に頼れる人がいない」、「被介護者が自分以外の人による介護を拒否している」、など様々な理由があると思いますが、介護者がバーンアウトせずに介護を続けるためにはより多くの人の協力が欠かせません。
まずは他の家族の者にも介護に協力してもらうよう頼みましょう。もし何らかの事情で常に介護に関わることができないという場合でも、たまに介護を手伝ってもらう、被介護者の請求書や書類の管理を任せる、経済的なサポートを頼むなど、離れて住んでいながらも出来る事はあるはずです。
他に家族が誰も居ない、または居ても協力的ではないという方は親しい友人や隣人に助けを求めることはできませんか。簡単なお使いやお留守番を頼んだり、介護の悩みを聞いてもらったりすることで、なにもかも一人でやらなければならないというプレッシャーが少し薄らぐかもしれません。また、経済的に可能であればプロの介護士によるサービスを積極的に利用することもお勧めします。
助けが必要な状態にあっても、「弱音を吐いていると思われたくない」または「皆忙しいのに頼み事をするのは気が引ける」などの理由で誰にも頼らずに介護を続けている方も多くおられるかと思います。しかし、助けを求めるというのは賢明で勇気のある行動です。もちろん、他人に任せると介護のやり方が期待したものと違うなどの不満も出てくることもあるかと思いますが、完璧な介護というものはないと割り切って他人によるヘルプを上手に利用しましょう。
現実を理解し受け止める
冒頭の例にもあるように、病気が進行するにつれ、身の回りの世話がひとりでは出来なくなり性格も変わってしまった被介護者の様子に戸惑い、時には苛立ちを感じる方もいらっしゃるのではないかと思います。
今は介護を受けている人の元気だった以前の姿を知る者にとって、その変化を受け止めるのはつらいものです。また、「老後は妻とふたりで旅行を楽しもうと思っていたのに、妻が寝たきりになってしまった」などというように、思い描いていた生活と現在の生活との違いに悲しみを覚えるのも当然です。
しかし、「あの人は前はこうではなかった」、「こんな生活になるはずではなかった」、と過去を振り返ってばかりではポジティブな姿勢で介護に携わることはできません。まずは被介護者の病気についての知識を高め、今後その病気がどのように進行していくのか、その対応について心の準備をする必要があります。
英語での医学に関する説明を理解するのは難しい場合でも、インターネットを通して日本語の情報を手に入れることもできます。自分の家族や友人が介護を必要とする容態であるという現実に向き合い、それを受け入れることが介護生活の第一歩です。
セルフケアを心がける
アメリカに住む介護者の40㌫は5年以上、5人に1人は10年以上介護を続けている、という統計結果からもお分かりいただけるように、介護は長期に及ぶケースが多くあります。しかし、介護を受ける人のケアのみに集中して、ついついセルフケアを忘れてはいませんか。
「体の調子が悪いが医者に行く時間がない」、「バケーションを取るなど贅沢なことをしている暇がない」という方、最近自分のための時間を過ごしたのはいつだったかを思い出してみましょう。介護をする人も体と心の休養が必要です。介護者が倒れてしまっては、被介護者のケアにも影響が出てくるわけですから、自己の健康管理は介護をする人の責任でもあります。
体や心の調子を崩さないために普段からセルフケアを心がけることが大切です。一日のうち30分でも、自分ひとりになる時間を作り、やらなければいけない用事は後回しにして、自分が楽しいと思えることをしてみましょう。好きな音楽を聴いたり、近所を散歩するなど、ささやかなことで心が潤うこともあります。
リラックスする時間がないという方は、セルフケアをプライオリティー(最優先)として考えてみましょう。何事も重要だと思うことには自然と時間を作れるようになるものです。また、訪問介護やデイケアなどのサービスを積極的に利用して、セルフケアの時間を作るように心がけましょう。
次回のコラムでは介護に携わる人をサポートするプログラムやサービスをご紹介したいと思います。
【参考】
National Family Caregivers Association http://www.nfcacares.org/
がんばらない介護生活 http://www.gambaranaikaigo.com/
著者:三木 綾子