銃規制とメンタルヘルスケア

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

去年はシアトル地域また全米地域で、銃による悲しい事件がありました。そして、12月にコネチカット州の小学校で起きた事件をきっかけに、銃規制に関してアメリカ社会でも頻繁に話題にのぼるようになりました。また、銃規制、銃乱射事件等で一緒に話題にされるのが、メンタルヘルスケアの強化です。

2007年に起こったバージニア工科大での事件では、容疑者は大学内のカウンセリングサービスを受けることが義務付けされていましたが、大学内各部署間のコミュニケーションがうまくいかず、また外来診療ということもあり治療義務にそれほど強制力がなく、容疑者はメンタルヘルスケアを受けていなかったということが判明しています。

また去年シアトルのカフェレーサーでの事件の容疑者の家族は、治療機関へ連絡したり容疑者本人にメンタルヘルスケアや投薬治療を勧めていましたが、やはり強制力がないために、容疑者自身が受け入れなかったようです。

ここで注意してほしいことは、新聞やテレビなどで精神疾患者は危険なイメージがあるかのように報道されがちですが、アメリカ国立精神センターの統計では、疾患者は一般人口に比べると暴力の加害者よりも被害者になりやすいという報告があがっています。全米内でも実際に殺人を起こす比率は、精神疾患者の場合全体の5-10%だけに過ぎず、大多数の殺人事件は精神疾患とは関係ないところで発生しています。

銃の乱射に関しても、メンタルヘルスケアを受けている患者さんよりも、精神疾患のない、または前述の例でもあるように治療を勧められても拒否している人たちからの事件発生率が遥かに高いと言われています。

メンタルヘルスに従事している私も同感です。それは、治療を受けている人は症状をモニターされているうえ、治療を受ける必要があるという事実を受け入れ、非現実な妄想をある程度認識できているからではないでしょうか。それに対して、治療を受けていない人は命令調の妄想や幻覚にともない社会や個人への異常な反感を孤独な中でどんどん増幅して、周りが気づかぬうちに銃を入手し事件に至るように思います。

加えてこのような事件の後の真相解明を難しくしているのは、事件の結末は自殺で収束するので容疑者本人から何も聞き取ることができないということです。では、容疑者はなぜ最終的に自ら命を絶つという傾向にあるのでしょうか。これは、容疑者が孤独の中、妄想や幻覚などの症状が異常なまでの怒りや憤りに達し、自らの命さえも厭わない覚悟をして犯行に至るという背景があるからです。

 

13歳から治療拒否権、メンタルヘルスケア

最近の銃の乱射事件等で一般の方が疑問に思うのは、なぜ治療が明らかに必要な人が治療を受けないで悲惨な事件に発展してしまうのかということではないでしょうか。強制治療に関しては自主的な治療と合わせて来月詳しく話したいと思いますが、他の医療処置と同様に個人がメンタルヘスル治療の選択をするということは、実は患者の治療選択の権利の保障という問題でもあります。

ワシントン州では13歳以上になると、本人がメンタルヘルスケアを受けるかどうか決めるということが基本になります。つまり、親が13歳の自分の子供を心配して治療を勧めても、13歳の本人が拒否すれば、特別な場合(裁判所からの命令、後見人の要望、執行猶予や仮出所での条件等など)を除き強制力はありません。

執行猶予や仮出所者は、監察官が社会復帰への手助けを含めてメンタルヘルスケアの義務を科す場合もありますが、実際には予算削減等の理由で担当一人の監察官に信じられないぐらいの数を受け持っていることも多く、義務付けされた治療を確実にするのが難しいこともあるようです。

その他の治療への障害になる理由では、もちろん医療保険の有無、また保険保有者であってもメンタルヘルスケア受診の制限等が保険によってある場合があります。キング郡では、現在消費税の0.02%がメンタルヘルスケアサービスのアクセス向上またケアプログラム等の維持、またホームレス撲滅運動などの予算に回されています。

ただ、この法律が成立した2007年に比べると、連邦政府、州政府、一般企業の支援額がメンタルヘルスケアのプログラムに対しても例外なく減ってきています。また消費回復が緩やかなため、消費税からのみの税収もあまり増額もしていません。そして、この歳入でカバーするプログラムの種類・範囲が年々広げられ、結果的にそれぞれのプログラムへの支援額が減ってしまったという現状もあります。

 

銃規制の動き、メンタルヘルスにも影響

新たにニューヨーク州で成立した銃規制法の中には、メンタルヘルス従事者が治療を受けている患者のなかで、銃器を所有またはアクセスがあり危険とみなしたら行政に報告する、という義務も課せられました。

一見するとこれによって前述のような悲惨な事件が予防できるように思われがちですが、私たちメンタルヘルスに従事しているものがどの場合は報告するべきなのか、どの場合は報告不要なのかという区別は非常に難しいものです。

万が一のことを考えて、少しでも自殺願望や他殺願望のある患者を銃器のアクセスがあるという理由だけで、外部報告するようにせざるを得ず、患者との守秘義務という面でも治療過程で重大な影響を及ぼします。

結果的に今度は患者のほうが、この新法により治療の面で外部へ報告されないようにと考え、自殺・他殺願望、妄想、幻覚などの重要な症状を共有することを躊躇することも十分考えられます。また、報告された行政機関は溢れ出るような報告例をどのように対処するか、という問題も出てくることでしょう。

そんな中で、今回出てきた銃規制とメンタルヘルス。被害妄想や社会への反感を強く持った精神疾患者が銃を入手することが可能な現実も問題ですが、治療をすれば症状が改善するであろう人たちが治療を拒否して事件を起こすという現状を変えることも考える必要があります。

 

一般社会の弱者のため総合的支援を

ただ、前述したように患者の治療の選択の権利という倫理上の問題でもあるために、制度を変えるということは簡単なことではありません。大量の被害者を出す銃の乱射事件をみるに、この社会状況は、単に銃規制の強化だけではなく、メンタルヘルスケアに対する支援やホームレス撲滅支援も重要となります。精神疾患者を犯罪で罰し刑務所や拘置所に追いやり社会復帰を難しくするのではなく、その治療自体のアクセスの向上、または念密な議論を重ねた上で強制治療制度の改善など、犯罪を未然に予防することを同時に行わなければ効果がありません。

精神疾患者たちは一般社会の中で弱者です。行政機関への予算等が決まる政府へのロビー活動という面からも弱者になっている傾向が高いのです。こういう社会で悲惨な事件が起こることは本当に悲しく憤りを感じます。事件の予防という面からも、精神疾患者ご本人のため、またその家族のためにも、一般の方からの理解やサポート、また予算確保による関係団体への財政的サポートが、メンタルヘルスケアサービスの向上や拡大につながります。

次回は、キング郡でのメンタルヘルスの治療に関して自主的また強制的に科す仕組みについて話したいと思います。

(上田 大二郎、JSSN)

北米報知
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Vol. 68, issue 11 / March 7, 2013 ( 平成25年)

コラム
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